インストール

インストール (河出文庫)

インストール (河出文庫)

最初に白状する.
所詮十七歳の女子高生が書いた小説などにいい大人が何を騒いでいるのだ, どうせ青臭い内容を青臭い文章で書いてあるやつを「初々しい」とかいった基準で祭りあげているだけだろうよ, 芥川賞も話題性に走りすぎだよね, ようしどのくらい青臭いか読んでやろうではないか, などと捻くれた思惑で読み始めたのである.

本当にごめんなさい. 綿矢りさ様, 芥川賞選考委員のみなさま, その他もろもろみなさま, 本当にごめんなさい.

確かに, 「女子高生がエロチャット」という筋は青臭い. 主人公の厭世感の表し方も青臭い. 必死に背伸びしている若者臭が満載である.
しかし, そんな青臭さが懐しく心地良く感じるくらい文章が上手い. よく若い人の手による文章を評するときに使われる謎の形容であるところの「みずみずしい」などでではなく, ド真ん中に「上手い」のである. 大人ぶった小手先の技を使って小難しい言回しを使ったりしているわけでもない. ごくごく自然な, それでいてしっかりと印象を与えることばの選び方と運び方は, 高校生が書いた, という余計な付加価値なしで, 「上手い」と思うのである. 高橋源一郎が「完璧だ」と絶賛している気持ちも, 少し解る.
例えば, 冒頭の

昼ご飯の時間が済んですぐの教室は, 誰かのお弁当の具だった酢豚の匂いと春の暖い陽気がこもっていてまるで人間の胃の中のようである.

この部分だけで「あ, これは凄いや」と思ったのである. ここで酢豚ですよ, 酢豚. これは正座して真面目に読まねばならん, と思わされる. ただ, ほとんど全てがこんな調子なだけに, 例えば,

「あんた, 私のこともインストールしてくれるつもりなの?」

こういう「しっくり来ない」部分がたまに出てくるとえらく目立ってしまったりもするのだが, そんな些細なことには目を瞑るのが大人の分別.

「アサッテの人」が, ことばを追及しているはずが, 手法に拘ってことばが空回りしているように感じたのに対し, 「インストール」のことばは非常に自然で心地良い. それは十七歳という同世代の中での局所的な共感などでは決してなく, 中年オヤジにもすんなり入りこんでくる日本語である. 多分, この人は, 本だけではなく, 普段の会話などからも豊富な「ことば」を取り入れ, 敏感に反応し続けているのだろう.
結局は, こういう才能に対する嫉妬ばかりが残るのである.