兵士シュヴェイクの冒険 1〜4

兵士シュヴェイクの冒険 1 (岩波文庫 赤 773-1)

兵士シュヴェイクの冒険 1 (岩波文庫 赤 773-1)

穏かな日常的筆致で戦争を描く傑作. 風刺を「いかにも風刺」として書くのではないところが重要である. シュヴェイクが次から次への繰り出す挿話の数々と, それによって戦争という非常時をのらりくらりと切り抜けていく様は, 現代版アラビアンナイトのようにも思える.

2008年の八冊

こういう所に書き残しておかねば何を読んだか忘れてしまう(それの何が問題なのか, といった議論はしない)ので書いておくが, もし参考にしたい方がいらっしゃれば嬉し過ぎてチビるかもしれない. (おおよそ上から印象深かった順. 既にここのブログで挙げたものについては記事へのリンクのみ張っておく. あと毎度の事ですが, あくまでも「今年読んだ本」であって, 「今年出版された本」ではありません.)

時刻表2万キロ

時刻表2万キロ (河出文庫 み 4-1)

時刻表2万キロ (河出文庫 み 4-1)

始めにお断わりしておくが, 私は所謂鉄道マニアではない.
珍しい車両や綺麗な車両, 新しい車両を観るとちょっとテンションが上がったり, 遥か遠くの駅に降り立つときに感慨深くなったり, 旅行において目的地での行動と負けず劣らず(鉄道に限らず)移動の過程を楽しんだり, その程度に鉄道が好きではあるが, 時刻表を定期購読していたりはしないし, ○○駅を○時○分に発車する○○線の車両はモハ○○だとかソラで解説できたりすることはない, さらには「鉄道に乗るため」に旅行をしたこともない. その筋の人達から見ればほぼ鉄分ゼロであろう.

さて, その筋の人にも「乗り鉄」とか「撮り鉄」とか全然行動パタンの違うカテゴライズがなされているらしい. そういった意味で, 宮脇俊三は「国鉄全線制覇」や「最長片道切符乗車」などを達成する, まさに「乗り鉄」の元祖なのであろう. そして本書は, この「国鉄全線制覇」を達成するまで(最後の数百線分)を綴った旅行記である.

世に出す文章を書くのだからと, 取材費用と潤沢な時間を豪勢に使って片っ端から未乗区間を制覇していく, などという野暮なことはしない. 出版社勤務の傍ら, 週末の僅かな時間を利用して(恐らく私費で)少しずつ路線を潰していく. だから, 時刻表を詳細に読み解き, 綿密な乗車スケジュールをたてて, 限られた時間で盲腸線をハシゴするのである.*1 当然, アクシデントで予定が崩れ, 予定の区間を完乗できなくなり, 泣く泣く次の機会までおあずけ, などということもある. 田舎の鈍行に揺られ, のどかな景色で綴られているにも関わらず, 実は波瀾万丈のジェットコースター・ムービー並の冒険譚なのである. そのギャップが面白い.

昭和五十年前後にはこんなにも沢山の夜行列車や寝台列車が走っていた, ということにすら驚いているド素人なのだが, この本を読んでいると週末に電車に乗って行ったこともないようなところに無性に行ってみたくなる. 俄鉄道マニアを増やす本である.

関連図書

最長片道切符の旅 (新潮文庫)

最長片道切符の旅 (新潮文庫)

こちらは「最長片道切符」の方. 文庫版が絶版でもなさそうなのに, 入手が少し面倒であった.既乗路線を塗り潰していけるようになっている鉄道路線白地図. 実は結構前にこんな本を買って塗り潰していたりする.

*1:さらに宮脇氏は「日が出ているうちに乗車しなければならない」という原則に従っている. これが, 区間制覇を目指す「乗り鉄」の皆様のスタンダードなのかどうかは知らないが, かなり厳しい条件である.

アクロイド殺し

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

(実際読んだのは田村隆一訳)
当然っちゃ当然なのだが, ミステリというのは, ほんの少しでも事前にネタを知ってしまうと, 読み心地が全然変わってしまうわけで.
なんか, 最初っから犯人解って読んでいるようなものなので, 「ああ, ここ上手いなあ」などと初見として全く正しくない読み方をしてしまった.
それにしても, ここまでネタの肝心な部分が広く知れ渡っているミステリというのも珍しいような気はする.

関連図書

ロートレック荘事件 (新潮文庫)

ロートレック荘事件 (新潮文庫)

ノーコメント.

パプリカ

パプリカ (新潮文庫)

パプリカ (新潮文庫)

SF + 恋愛 + サスペンス + 戦争 + 科学啓蒙, に, 「筒井康隆」をこれでもかというくらい振り掛けて仕上げた一品. 所謂「夢オチ」も筒井にかかればこうなる, ということ.
個人的には, この作品は科学倫理的なテーマをたっぷりと含んでいる, と感じた. ただ, 科学技術そのもの, とその濫用を区別せず(できず, というべきか), 潜在的危険を含むような全ての科学的研究をマッドであると切り捨てる阿呆なマスコミ連中とは, 当然の如く一線を画しているわけで, 悪用される技術, とそれを悪用する意思, という, 当然区別されるべき二面を正しく区別し, 前者を擁護している(と勝手に読んだだけなわけだが)あたりは, さすが筒井康隆である.

二月−三月 分数アパート(monkey business 2008 Spring vol.1より)

モンキー ビジネス2008 Spring vol.1 野球号

モンキー ビジネス2008 Spring vol.1 野球号

積ン読専門家としては, 「定期的に雑誌を買って, その中の小説を読む」などという高尚な行いとは縁がないものと思っていたのだが, この柴田元幸責任編集の「monkey business」だけは避けられなかったのである.
柴田元幸については, 何故かほとんど訳書を読んだことがなく(↓のユアグローの短篇くらい), ほとんどエッセイしか知らぬのだが, 氏が責任編集となると良い匂いが漂ってくるのである. で, 目次を見れば案の定, というか想像以上の凄ぇメンツ. 川上弘美, 小川洋子, 岸本佐知子にユアグロー(さらに classics と銘打って尾崎翠の「第七官界彷徨」まで)… もう「オモチャの缶詰」並の魅力である.
川上弘美, 岸本佐知子ともに(超)短篇の連載のようだが, なんといっても岸本佐知子の小説が読めるのである(もしかすると初?), これを買わずして何を買おうか. タイトルの「二月−三月 分数アパート」からなんとも岸本ワールドなのだが, 冒頭が,

ワタシには小さな弟が一人いて, ワタシの右腰の後ろのあたりから生えている.

もうメロメロである. さらに畳みかけるように「分数アパート」のくだり. 完璧である.
かねてから, 岸本佐知子の文章には, 川上弘美「椰子・椰子」の世界観がダブる, と思っていたのだが, まさにそれを実証したような文章である. たまらん.
久々に, はやく次号が読みたい, などとマンガ誌を読む少年のような気持ちである.

関連図書

椰子・椰子 (新潮文庫)

椰子・椰子 (新潮文庫)

たちの悪い話

たちの悪い話

小川洋子対話集

小川洋子対話集